田舎暮らしに興味のあった私は定年退職を機に、田舎に古い一軒家を購入した。
人里離れた山奥にあるこの家は、直前まで人が住んでいたのかあまり古さを感じない。
外見こそ数十年前の家だが、リフォームが行き届いた内装は下手な都会の家よりも設備が充実している。
安い買い物をした、と満足することができた。
あの出来事が起きるまでは。
徐々に奇妙な現象が起こるようになった。
最初は些細なことだった。
物音や物の移動、時折感じる不気味な存在感。
しかし、私はそれらをただの偶然や錯覚だと思っていた。
ある晩、私は一人で寝室で休んでいた。
暗闇の中、何かが私に近づいてくる気配を感じ目が覚めた。
その気配の元を確かめようと、身体を起こしたその時、突如として部屋が静寂に包まれ、空気が冷たくなった。
目を凝らして周囲を見回すと、壁に奇妙な影が描かれているのに気づいた。
それは人の姿を思わせるものではなく、異形の存在が蠢いているようにも見えた。
真っ暗な部屋で、なぜかその影だけははっきりと見えるのだ。
私の身体は恐怖で凍りつき、声を上げることもできなかった。
その異形の存在は徐々に私に近いてくる。
しかし、恐怖に支配された私は逃げることもできず、ただその影が近づいてくるのを見ているしかできない。
ゆっくり、だけれども確実に、それは私に近づいてくる。
1分か5分か、それとももっと長い時間だっただろうか。
いつのまにか異形の存在は私を取り囲んでいた。
蛇のように細長い影が、私をぐるりと取り囲み、円を描きながらのろのろと動いている。
私の頭は悪夢のような光景で満たされ、絶望感に包まれ、理性を失いかけていた。
そのような状態でどれほどの時間を過ごしたかは分からない。
窓の外から陽が差し込んできたころ、異形の存在はいつの間にか消えていた。
部屋は元の静寂に戻った。
私は慌てて布団から飛び起き、安堵の息をついた。
それからというもの、私は一刻も早くその家を後にすることを決断した。
恐怖と不気味さに満ちた体験は私の心に深く刻まれており、あの家には二度と戻りたくないと強く感じている。
今でもあの異形の存在が何者だったのか、何故私を苦しめたのかは分からない。
しかし、私の心にはその恐怖の記憶が残り続けている。