この経験は私がマンションに住んでいた時の話だ。
人の物音に敏感な私はいつもマンションの最上階に住むようにしていた。足音や椅子を引きずる音、物が落ちる音など、最上階以外に住むには世の中には騒音が多すぎる。
ある夜、何かが落ちる音で目を覚ました。地震かと思い、明かりをつけて部屋を見渡した。しかし、物が落ちたような痕跡は見つからず、その時は気のせいかと思って寝なおしたのを覚えている。
それからだんだんと音はひどくなった。最初は気にしないようにしていた。もしかしたら隣人が立てる物音が鉄筋をつたい、上から聞こえているように勘違いしているかと思ったからだ。
しかし、時間がたつにつれ、その気配はますます明瞭になり、上からの生活音が聞こえるようになってきた。何人かの笑い声や怒鳴り声、そしてけんかをする声が聞こえた。
ばかばかしいのはわかっていたが、どうしても私は誰かが屋上で暮らしているとしか思えなかった。
私は管理人に問い合わせたが、彼は私の神経質さを笑い飛ばした。誰かが屋上で暮らしているなんてことはばかばかしいとはわかってる。彼は真剣に取り合ってくれないのも当然だが、何も言われないことからと調子にのっているかのように、上からの物音は日々うるさくなっていった。
限界だった。そこで私は、管理人に同行してもらい、屋上に上ることを決めた。しかし、屋上に到着すると、何も見つけられなかった。「ほら、誰もいませんよ」という管理人の声には頭がおかしくなった人への憐れみすら感じられた。私はショックを受けたが、なぜかそれ以来、物音は止んだ。
数日後、ポストに差出人が書いていない手紙が入っているのを見つけた。手紙には一言、「通報しやがったな。覚えてろ」と書かれていた。
私は直ちに引っ越した。あの出来事を思い出してしまうので、それ以降、マンションの最上階に住むことができなくなってしまった。